中小企業では経営者の高齢化が進み、後継者選定や承継準備が課題となっており、後継者をどうするか悩んでいる会社が多くあります。実務では、後継者の代表取締役就任に伴い、前社長が代表権のない会長や相談役へ退くケースが多く見られますが、この場合の退職金の取扱いについて確認していきます。
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分掌変更等があった場合の役員退職金の税務取扱い
事業承継等により、後継者の代表取締役就任に伴い、前社長が代表権のない会長や相談役へ退くケースで、前社長に役員退職金を支給する場合を考えてみます。この場合、「実質的に退職したと同様の事情」に該当すれば退職給与として取り扱われます。
該当しない場合は役員賞与等とされ、損金不算入(定期同額給与や事前確定届出給与の要件外)となるうえ、受給者側も給与所得課税となってしまいます。
この判断は形式ではなく実質が重視されます。
【所得税関係】
その退職金が、法人税法上役員賞与として取り扱われる場合には、所得税法上も賞与を支給したものとして取り扱われることになると考えられます。
【消費税関係】
退職所得とされる金員も課税仕入れの対象とされない給与等に含まれますので、課税仕入れには該当しません。
退職給与として取り扱われる典型要件(法人税基本通達9-2-32の整理)
法人税基本通達9-2-32(以下で引用しています。)は、以下のような事情により地位や職務内容が激変し、実質的な退職と同様であると認められる場合において、その役員に対し退職給与として支給した給与については、退職給与として取り扱う旨を示しています。
① 常勤役員 → 非常勤役員(ただし代表権者や経営上主要な地位にある者は除外)
常勤役員が非常勤役員(常時勤務していないものであっても代表権を有する者及び代表権は有しないが実質的にその法人の経営上主要な地位を占めていると認められる者を除く。)になったこと。
② 取締役 → 監査役(ただし実質的に経営上主要な地位にある者等は除外)
取締役が監査役(監査役でありながら実質的にその法人の経営上主要な地位を占めていると認められる者及びその法人の株主等で令第71条第1項第5号《使用人兼務役員とされない役員》に掲げる要件の全てを満たしている者を除く。)になったこと。
③ 分掌変更後の給与がおおむね50%以上減少(ただし経営上主要な地位を占める者は除外)
分掌変更等の後におけるその役員(その分掌変更等の後においてもその法人の経営上主要な地位を占めていると認められる者を除く。)の給与が激減(おおむね50%以上の減少)したこと。
※「退職給与として支給した給与」には、原則として、法人が実際に支払ったものに限られ、未払金等に計上した額は含まれない点に留意が必要です。
除外要件:なお「経営上主要な地位」を占める場合はNG
上記①〜③に形式的に当てはまったとしても、実質として「経営上主要な地位」を占める場合は退職給与には該当しません。
判断は事実認定の話にはなりますが、裁判や国税不服審判所の事例では、次のような状況があると「主要な地位」を継続していると評価されやすいと整理されています。
経営上主要な地位を占めている事例
- 退任後も毎日出勤し、仕事(業務)を継続している
- 退任前と同じ執務室で執務している
- 代表者会議に継続出席し、財務・営業・人事・生産等の意思決定に関与している
- 会議議事録・稟議書への決裁印押印
- 金融機関担当者との交渉に関与している
また、中小企業の場合、一般的には経営者と株主が一致していて、筆頭株主・大株主の役員に対して分掌変更に伴う退職金を支給しているケースも多いですが、この場合はどうでしょうか。
このケースについては、筆頭株主だからという理由だけで退職金が否認されるわけではありません。退任後に実際の経営から離れ、「実質的に退職したのと同様の事情」があれば、退職金として認められる余地があります。
株主であること自体は、役員としての地位・権限とは別物です。筆頭株主として会社に影響を与え得るのは株主としての間接的な影響であって、役員としての地位に基づくものではありません。したがって、株式保有割合が高いこと自体は「実質的に退職したと同様の事情」にあると認める妨げにはならないということになります。
【参考情報】
〇国税不服審判所(平成29年7月14日裁決)裁決書(抄)
〇東京地方裁判所 平成27年(行ウ)第204号判決(平成29年1月12日)、 東京地方裁判所 平成20年6月27日判決 ほか
まとめ
分掌変更等に伴う役員退職金の損金算入の可否は、本当に一線を退いたのかという実態で判断されることになります。
形式的な役職・肩書の変更や報酬減額だけでは足りず、権限委譲の実態(意思決定からの明確な離脱、日常関与の停止、稟議・決裁からの退場、対外交渉の不関与など)を整えたうえで支給の是非を検討する必要があります。